イタリア・ミラノに一週間ほど滞在した。滞在したのはLodi T.I.B.B.駅から徒歩15分ほどのミラノの中心観光地というより、少し生活感と工業地帯の記憶が残る、再開発の入口のような場所。
自動車整備工房に隣接するアパートの一階だったので観光というより生活をしたという印象が強いかもしれない。半分くらいはスーパーに行き、半分くらいは外食をする。

イタリアに行って良かったのは、そんな中で街の中にある何気ない空間のつくり方に触れられたことだったかもしれない。
建物の中庭を抜ける風。
ベランダや石畳の道ににじむ緑。
少し重たそうで背の高い木の扉。
水辺に沿って立体的に重なる街並み。
そういう一つひとつが、写真で見る「ヨーロッパらしさ」ではなく、実際の暮らしの中で積み重なってきた空間として体感できたような数日だった。
特に印象に残っているのは、中庭から入ってくる風と扉の関係だった。

現代の日本の建物では、扉は空間を閉じるものとして考えられがちだけれど、イタリアで見た扉は、閉じるためだけのものではなかった。
街区とから住居群に入る扉は、昼間は開け放たれ、外と内をゆるやかにつなぎ、風や光や人の気配を受け止めるためのものでもあった。
そして、その扉がとても多様だった。
大きな木製の扉、細い路地に面した扉、経年変化した塗装の扉、鉄の金物がついた扉。
それぞれに表情があり、街の風景の一部になっている。
いいなと思ったのは、それらが単なる“デザイン風・素材風”ではなかったことだ。
木であるべきところに木が使われ、金物であるべきところに金属が使われている。
素材が本物で、新しいものと古いものが融合して、時間がそのまま表情になっている。
最近は、木目調や石目調のように、何かに見せかける素材も多い。
もちろんそれが必要な場面もあるけれど、イタリアの街で見た扉や床や壁には、素材が素材としてそこにある強さがあった。
触らずとも重さや温度を感じた。
それは「豪華」というより、正直な感じがした。
もう一つ印象的だったのは、緑とデッキの関係だった。

建物の外側、テラス、階段まわり、道の脇。
いろんな場所に緑が入り込んでいた。
それも、きれいに管理された庭園というより、暮らしの延長として緑が置かれている感じがあった。
そしてその緑を受け入れるかのように住居のデッキは千鳥状に配置されていた。
石積みの建物がそこまで圧迫感を感じさせないのは、植物が建築を少しやわらかくしているからかもしれない。
デッキやテラスが、ただの外部空間ではなく、人が滞在する場所になっている。
緑があることで、そこに座る理由や、立ち止まるきっかけが生まれている。
ペントハウスのような上階の空間もよかった。

街を見下ろすというより、街の上にもう一つ小さな居場所があるような感じ。
都市の中にいながら、風や空に近い場所を持っている。
建物の屋上や上階が、ただの余った場所ではなく、暮らしを豊かにする場所として使われていることが印象的だった。そしてそういう場所をあえて残しているような設計に見えた。

また、街の中で感じたのは、歩行者と自動車と電車の関係の違いだった。
日本では、どうしても交通は「ダイヤ」や「車の流れ」を中心に設計されがちだと思う。
もちろん時間通りに動くことは大切だけれど、イタリアの街では、もう少し人間の身体感覚に近い交通のあり方を感じた。
路面電車は人が歩いていたら止まる、車も信号よりは人を優先する。
クラクションの音もそこまで聞こえない。
歩行者、自動車、電車が完全に分断されているのではなく、それぞれが街の中で共存している。
人が歩く速度や、立ち止まること、横断することが、街の前提として受け入れられているように見えた。
効率だけでなく、人間が街の主役であること。
その感覚が、空間全体ににじんでいた。
そして、今回特に記憶に残っているのが、コモ湖のヴェレンナだった。

ヴェレンナの水辺は、ただ湖に面しているだけではなかった。
水辺から建物、階段、道、テラスが立体的につながっていて、街全体が湖に向かって開いているようだった。
潤沢に水辺に面する土地があるわけではないからこそ、それぞれの工夫と折衝が見えてそれが全体としていい空間を作っていた。

水辺が平面的な“際”ではなく、上下に重なりながら人の居場所をつくっている。
湖を眺める場所、歩く場所、座る場所、降りていく場所が、地形と建築の中に自然に組み込まれていた。


これは僕の住む柳川の掘割を考える上でも、とても示唆的だった。
柳川は平坦な土地でもちろん違いはあるが
水辺をただ眺める対象にするのではなく、そこに近づけること。
高さの違いを使って、滞在の場所をつくること。
街と水のあいだに、人が過ごせる余白をつくること。
ヴェレンナの水辺には、そういうヒントがたくさんあった。
イタリアで見たものは、決して「ヨーロッパだから」という言葉で日本との差異として受けいれることができるものばかりではなかった。
むしろ、そこにあったのは、日本にも本来残せたはずのものを、長い時間をかけて残してきた風景だったように思う。
風を受け入れる建具
長屋の中にある坪庭
木で作った大きな框の扉や板戸
水路網を残した街並み
そうした空間は、日本の暮らしの中にも確かにあったはずだ。
そしてもっと残っていてもいいのではないか。そう感じた。
イタリアのそれらは古いまま止まっているのではなく、今の暮らしの中でちゃんと使われていた。
扉も、中庭も、緑も、水辺も、街の一部として生きていた。
伝統や地域性を未来につなぐということは、ただ保存することではない。
素材や風土や人のふるまいを、現代の暮らしの中でもう一度使える形にしていくことなのだと思う。
イタリアで感じた良さは、派手なデザインではなく、そういう「当たり前の質」の高さだった。
風が通ること。
本物の素材が使われていること。
緑が近くにあること。
人が歩けること。
水辺に居場所があること。
こうした小さくて正直な豊かさを、これから自分が関わる地域や空間の中でも考えていきたい。