2026
Space/Prototype
水辺と暮らしのあわい
私たちは、柳川の堀割という風景そのものが持つ魅力を、現代の暮らしの中へ翻訳することから考え始めた。
柳川のまちは、堀とともに育まれてきた。
水路はかつて、移動や農業、防火、生活排水など、人々の日常を支えるインフラであり、同時に子どもたちが遊び、近所の人々が語らう、暮らしに近い場所でもあった。
しかし時代の変化とともに、堀は少しずつ生活から距離を置かれる存在となっていった。
川下りの観光資源として多くの人に親しまれる一方で、住民が日常の延長として水辺に腰を下ろし、過ごすための場所は、以前よりも少なくなっている。
掘床は、その距離をもう一度近づけるための、小さな水辺の装置である。
計画地は、柳川のまちなかを流れる堀割沿いにある。
水面の揺らぎ、石積みや護岸に残る時間の痕跡、川下りの舟がゆっくりと通り過ぎる気配。そこには、観光地として整えられた風景だけではない、柳川の人々が日々の暮らしの中で育ててきた静かな豊かさがある。
私たちは、その風景に新しい何かを足すのではなく、すでにそこにある水辺の時間を受け止めるための「床」をつくることを考えた。
堀に浮かぶ床は、建築であり、船でもあり、広場でもある。
陸地から少しだけ水面へせり出すことで、普段とは異なる距離で堀と向き合うことができる。腰を下ろす、足を投げ出す、お茶を飲む、本を読む、誰かと話す。そうした何気ない行為が、水辺に近づくだけで少し特別な時間へと変わっていく。
構造には、柳川のものづくりを支えてきた鉄工や造船の技術を取り入れた。
水門や船に関わってきた地域の技術を用いながら、過度に主張するのではなく、堀割の風景に静かに馴染む佇まいを目指した。水に耐える強さを持ちながらも、そこに座る人の身体を受け止めるやわらかさがあること。公共物としての確かさと、暮らしの道具としての親しみやすさが同居することを大切にした。
床の高さや手すり、素材の触れ方は、堀との距離感を丁寧に調整しながら決めている。
水面に近づきすぎれば不安が生まれ、離れすぎれば堀との関係は弱くなる。そのあいだにある、安心して身を置けるぎりぎりの距離を探ることで、柳川らしい水辺の居場所をつくろうとした。
掘床では、茶会や食事、演奏、読書、語らい、小さなワークショップなど、さまざまな使い方を想定している。
けれど、それは特別なイベントのためだけの場所ではない。むしろ、堀沿いで釣りをする、花火を眺める、夕方に涼む、誰かを待つといった、柳川に昔からあった日常の延長にある行為を、もう一度水辺へ近づけていくための場所である。
観光とは、遠くから訪れる人のためだけに用意されたものではない。
その土地に暮らす人々の日常が豊かであること。その延長に、訪れる人が触れられること。そこにこそ、柳川らしい観光のあり方があるのではないかと考えている。
掘床は、堀割を眺めるための場所であると同時に、堀割からまちを眺め返すための場所でもある。
水面に身を置くことで、普段歩いている道や建物、木々の重なり、人の動きが少し違って見えてくる。見慣れた風景の中に、まだ気づいていなかったまちの表情が立ち上がる。
水辺に座ること。
流れを眺めること。
舟を見送ること。
誰かと同じ時間を過ごすこと。
そうした小さな行為の積み重ねによって、堀割は再び、暮らしの近くにある場所として育っていく。
この掘床が、柳川の水辺と人々の日常をゆるやかにつなぎ、観光と暮らしが重なり合う新たな風景を育んでいくことを願っている。
掘床 2026
Data
Client
柳川市観光協会
Design
古今と
Completion
2026.2